スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小沢健二のモノローグ“ニューヨーク大停電”から10年

今年の8月14日はニューヨーク大停電からちょうど10年目でしたね。

「2003年北アメリカ大停電」 → wikipedia



小沢健二の「ひふみよ」コンサートに行かれた方は憶えていると思いますが、あのコンサートではステージ照明も場内灯も非常灯も全て消された真っ暗闇の中でスタートしました。

あれはニューヨーク大停電の状況の再現だったわけですけど、その暗闇の中、姿が見えないオザケンが話し出したモノローグは今でも強く心に残っています。
 
2003年、夏の日の夕方、ニューヨークで大停電が起る。

エレベーターに閉じ込められた人たちが助け出される。地下鉄が止まる。

道路では信号が消えてしまって、車が立ち往生している。家に帰れなくなった人たちが街中に溢れる。

みんなが一斉に電話を掛けるから、携帯電話のネットワークが落ちてしまった。

パニックが起こるかと思ったら、そんなことはなかった。

街の人たちは路上で休んでいる人たちをアパートに向い入れる。

みんなが自分と感じが合いそうな人がいないか探り合っている。

困っている人がいないか注意している。みんなが頑張ろうとしていた。

いつも小銭をねだってくるホームレスのオッサンが大活躍している。

「あのビルの間は休みやすいよ。水が飲めるし、ビルが自家発電だし」とか、ホームレスのオッサンは近所の事情にやたら詳しい。

テレビ局は大電力が必要なので機能しなくなってしまった。

けれど、ラジオは放送を続けた。小さなラジオ局がホームレスのオッサンのように活躍していた。

停電はニューヨークだけでなく、アメリカ北部とカナダまでを覆っているらしかった。

そして、復旧の見込みは今夜一晩なかった。


暑い夏の夜が始まる。

生鮮食品を売る店は、どうせ腐ってしまうのだからと肉や野菜をタダで配り始めた。

どこの家でもロウソクの明かりの下、大勢のための料理が始まった。

電池で動くラジオやCDプレーヤーから音楽が流れ続ける。

暗闇の中で音楽は甘く、いつもよりくっきりと聴こえる。

歌の歌詞は、雪の上の動物の足跡のようにはっきりと見える。

言葉だけでなくて、音楽がはっきりと聴こえる。演奏している人、歌詞を書いた人の気持ちがドッキリするくらい近くに感じられる。

そして、同じ暗闇の中に同じ音楽を聴いている同じ気持ちの人がいることを感じる。

昔の人は、門構えに音と書いて闇を表した。

人が住んでいない砂漠にあるような闇が大都会の上を覆う。その闇の中で音が響き、街中の路上でパーティーが始まった。

いつも同じ感じで進んでいく世の中の中で、ある全然違う世の中が見える。

一瞬だけぜんぜん違う僕らのあり方が見える。

明日は電気が復旧して、また元の生活が帰ってくる。

けれど、今夜だけは僕らはぜんぜん違う世界で時を過ごす。

そして、元の生活に戻っても、世の中の裂け目で一瞬だけ見たもの、聴いたものは消えない。

真っ暗闇の中で音楽を聴いていた日のことは絶対に忘れない。

その記憶は消えることが無い。


オザケンは大停電の夜に垣間見たもの…“人と音楽の可能性”を信じているんだと思う。そして僕らも、あの真っ暗闇の中で「ビバップ」を歌ったことを忘れることはない。何かあの日から、僕は「ひふみよ」という国の中の住人になってしまった、そんな気がしています。
スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

プロフィール

とらじろう(とらさん)

  • Author:とらじろう(とらさん)
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク
ブログ内検索
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。