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僕たちは小沢健二とつながっている

前回のネタの続きです。

ポール・オースターの小説『幽霊たち』は、日本語版の翻訳が東大教授の柴田元幸さんで、オザケンは東大時代に柴田ゼミ生だったから、オザケンとポール・オースターもつながりがあるといっていいと思います。



いやいや、こじつけでなく…。

そう思ったのは、オザケンの「ひふみよ」と「東京の街が奏でる」のコンサートに行ったとき。コンサートの中でオザケンは詩(モノローグ)を朗読するのですが、例えば「ひふみよ」では、

「み」(3)は「む」(6)とつながっていて、「よ」(4)は「や」(8)とつながっている。その数え方の裏には、数はひとつずつバラバラなのではなくて、“関係して存在している”という考え方があるらしい。そんな考え方から数学が生まれていたら…

「東京の街が奏でる」の中では、

「豊か(ゆたか)」という言葉は、「ゆたゆた」とか、「たゆたう」という言葉とつながっている。ゆっくりと急がなくていいことが「豊かさ(ゆたかさ)」。 よく新聞では、日本は豊かな国で、他の国は貧しい国ということになっている…

「 …は…とつながっている 」 

という表現の仕方をオザケンは好んで使うんです。「東京の街が奏でる」では、MCの中でも自身の小説『うさぎ!』から

待つ(エスペラール)ことは、希望(エスペランサ)とつながっている

の話の引用をされていましたね。

この「…は…とつながっている」という表現の仕方、実はポール・オースターの小説『幽霊たち』にも似た表現が出てくるんです!文庫本だと(文庫本しか持ってない…)21ページ目。

“想いにふける、スペキュレート。見張る、傍観するという意味のラテン語スペクラートゥスから来ていて、鏡を意味する英語スペキュラムともつながっている。”

『幽霊たち』はアメリカで1986年に刊行。翻訳本は柴田さんによって89年に新潮社から出ました。オザケンの東大入学は87年。ゼミは3学年からなので柴田ゼミ入りは89年。おそらく柴田ゼミで『幽霊たち』を課題にしていたのでは?と思う。または英語の解釈について、「単語のなりたち、由来、つながりを考えるように…」というようなお話があったのだろうと。

僕たちは“小沢健二”のなりたち、由来についてよく考える。いったい小沢健二は何を読み、何を聴き、何を見てきたのか。フリッパーズ時代や『犬キャラ』『ライフ』あたりの楽曲の元ネタの分析や収集なんてもうあまり意味はない。「ひふみよ」以降のコンサートではあからさまな引用のフレーズはオミットする方向に向かってる。だからそれ以外のものに関心がある。

彼のなりたちや由来を考えているとき、

僕たちは小沢健二とつながっている

そんな気も強くなる(笑)
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