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デニス・ウィルソンとカリフォルニア神話の緩慢な死

相変わらず『Pacific Ocean Blue』モードのとらじろうです。いや~、あちこちのブログを拝見させていただいたりしてるんですが、好意的な意見ばかりですね、『Pacific Ocean Blue』。今、日本でビーチ・ボーイズのメンバーの中で一番注目されているのは間違いなくデニス・ウィルソンでしょう。ついに来ちゃいましたよ、デニス・ウィルソン・ブーム!



思い起こせば、2007年の春、デニスが出演した映画「断絶」が初めてソフト(DVD)化されて、その時はなんと六本木(鼠先輩もびっくり)近くのライヴ・ハウスでDVD発売記念イベントが開かれてかなりの大盛況でした(→2007年4月19日の日記参照)



さらに2007年の夏には湘南・鎌倉のステキなTシャツ・ブランド、その名もPacific Ocean Blue さんがTVを含む多数のメディアで紹介されて人気を博し、可愛らしいデニス君の顔が日本中に溢れ出して来つつあったところ。



今回の『Pacific Ocean Blue』のアルバム再発に端を発したと思われたデニス・ブームも、実は以前から着実にその土台となる状況が醸成されつつあったと見るべきでしょうね。

私としてはこの機に是非とも村上春樹が1984年に小説新潮臨時増刊「書下ろし大コラム」に書いた「デニス・ウィルソンとカリフォルニア神話の緩慢な死」が再びどこかに再掲されないかなと思っております。



内容的に物凄くマニアックで(笑)、1984年の出版当時、一体どれだけの人がこのコラムに興味を抱いたか定かではありませんが、デニスに注目が集まる今こそ多くの人に読まれるべきでしょう。書き出しはこんな感じで始まります。

いちばん最初に私がスロウ・ダンスを踊ったのは十七年前で、そのときに流れていた曲はビーチボーイズの『サーファー・ガール』でした― 一人の女性がデニス・ウィルソンに対するそんな書き出しの弔文を新聞に寄せていた。1983年12月30日、デニス・ウィルソンの溺死した翌々日の『ワシントン・ポスト』紙である。

「彼らの音楽はそっと優しく私を少女から若い娘へとひきあげてくれたので、私は今でも私の体にまわされた彼の腕のこわばった感触や、頬にちくちくとする彼のウールのジャケットや、緊張して体が震えてしまった二人の小さな抱擁を、ありありと思いだすことができるのです」
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『Pacific Ocean Blue』を聴く

いや~、素晴らしいな。残暑で火照った体に、そして心に染み入ります。昨日と今日のお盆休み、今夏、奇跡の再発となったデニス・ウィルソンの1977年のソロ・アルバム『Pacific Ocean Blue』 をずっと聴いております。



今回の“レガシー・エディション”で我が家にとっては4枚目(ブート含む)の『Pacific Ocean Blue』となったわけですけど…以前聴いてた数々の盤とは感動の度合いがまるで違います。

最新リマスタリングによってクリアになった音質、初収録された未発表音源のあまりの素晴らしさ、オリジナルLPの見開きダブル・ジャケを再現した4面デジパックCDの豪奢な作り、全曲の歌詞とその対訳やカレン・ラムとの仲睦ましい結婚生活を窺い知れるような写真を含む十分な量のブックレットなどなど、特別な感動の理由は色々とあるのですが…



聴いててふと思ったのは、自分も30代半ばになって、その当時のデニスの心境に同調していってるんじゃないかなぁと。

ぶっちゃけ、今から10年くらい前に中古の日本盤黒帯CDで初めて『Pacific Ocean Blue』を聴いた時は、その重々しいサウンドとデニスのハスキーな歌声に心打たれたものの、全体的にはあまりピンと来なかったです。音色とか細部のアレンジとか、もうちょっと何とかならなかったの?って。廃盤だからって必ずしも「名盤」とは限らないんじゃない?とか。でも、今から思うに、ただのポップス好きの20代前半の若造に理解できなくてもそれは当然でしたね。

デニスの人生を深く知った今だから、そして人として男として色々なことを経験させてもらった今だからこそ、この作品が自分にとって本当に必要なものになったんだなぁと思います。

五輪の5人

北京オリンピックが開幕しましたね。個人的には男子と女子のサッカーは頑張って欲しいところ。両方ともあまりいいスタートを切れなかったのはちょっと残念です。

ところで、オリンピックといえばビーチ・ボーイズの1976年のアルバム『15 Big Ones』を思い出します。五輪の輪の中にブライアン、デニス、カール、マイク、アルの顔が描かれています。



1961年のデビュー時、この5人のメンバーでスタートしたビーチ・ボーイズですが、1972年にはさらに3人のメンバー(ブルース・ジョンストン、ブロンディ・チャップリン、リッキー・ファター)が加わっていて、大所帯のバンドになっていました。

しかしながら1972年にブルースが当時のマネージャー、ジャック・ライリーとの不和から脱退、翌73年にはブロンディ、74年にはリッキーが脱退。カナダ・モントリオールでオリンピックが開かれ、ビーチ・ボーイズのバンド結成15年目を迎えた1976年には再びオリジナル・メンバーの5人に戻っていました。

「スマイル」での挫折以降、ベッドの上で過ごすことの多かったブライアンは精神科医ユージン・ランディの治療によりなんとかプロデュース・ワークをこなせるまでに復帰。“Brian's Back”の大プロモーションのもとでリリースされたのは約半分がオールディーズ・ソングのカヴァーというシロモノ。ただ、建国200年祭で沸く当時のアメリカにとってはいいサウンド・トラックになったよう。アルバムは全米8位の大ヒットとなりました。個人的にはスプリングのために書かれた「Had To Phone Ya」は大好きな曲。

01 Rock and Roll Music
02 It's OK
03 Had to Phone Ya
04 Chapel of Love
05 Everyone's in Love with You
06 Talk to Me
07That Same Song
08TM Song
09 Palisades Park
10 Susie Cincinnati
11 Casual Look
12 Blueberry Hill
13 Back Home
14 In the Still of the Night
15 Just Once in My Life



(↑)2006年6月、キャピトル・タワーの頂上にて。左からブライアン、デヴィッド・マークス、ブルース、アル、マイク。彼らが現在の“BB5”でしょう。5人が共に同じステージに立つ日はやって来るでしょうか。

「ノルウェイの森」が映画化!

ネットのニュースで知ったのですが、村上春樹の長編小説「ノルウェイの森」が映画化されるんですってね(→Yahoo!ニュース) いや~、ちょっとびっくりです。

監督を務めるのは「青いパパイヤの香り」や「シクロ」などの作品で知られるフランス人監督トラン・アン・ユンさん。うーん、フランスの方に小説の舞台となった1960年代後半の東京の街をどれだけ再現出来るのでしょうか?

そもそも主役は一体誰が務めるのか?全く適する俳優が思い浮かべられません(笑) ふと思ったのは、ヒロインの1人の「緑」役に上野樹里さん。あのボーイッシュで元気のある女の子の役は彼女に合いそうな気がするのですが(どうでしょうか?)

今回の「ノルウェイの森」映画化の話、個人的にはちょっと期待と不安が入り混じってしまっているのですが、もしかしたらそれは村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」の映画化作品(↓)の出来のせいかもしれません。



映画と小説は別物だって分ってますけど、村上ファンとして、そしてビーチ・ボーイズ・ファンとしてちょっと解せないシーンがあるのです。

レコード屋さんのシーンで、真行寺君枝さん演じるレコード店の女の子が

“「カリフォルニア・ガールズ」の入ったビーチ・ボーイズのLP”

と問われて、 『Beach Boys ’69 (Live In London)』(↓)



をレコード棚から探し出すのですが、あれは絶対『Summer Days (And Summer Nights!!)』(↓)



じゃなきゃ話になりませんよね。“「カリフォルニア・ガールズ」の入ったビーチ・ボーイズのLP”と言われて、『Beach Boys ’69 (Live In London)』を連想する人なんてまずいない。だいいちライヴ盤だし(笑) “「Their Hearts Were Full Of Spring」が入ったLP”なら分るけど、それはマニアだけ(笑)
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