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シンプルに暮らす人の定番ボーダー 

季節がら、バスクシャツ(ボーダー)をよく着ています。川崎・横浜東部地域では着ている男はほとんどいないのであまのじゃくな性格の僕は気分がいいです。




先日たまたまスーパーの新古本のワゴンセールで売られていた「シンプルに暮らす人の定番ボーダー」というムック
(↓)



をパラ見していたら、ボーダー愛好者の紹介のページにGOMES THE HITMANの山田稔明さんがいきなり出てきてびっくりしてしまいました。いや、単にこの本のことを知らなかっただけなのですが。


(愛猫ポッちゃんの写真も載っております↑)

山田さん、インタビューで「ボーダーの魅力とは?」と訊かれて

並列した直線に沿って気分もすっと真っ直ぐになる

とお答えになってます。いや、まったくその通りですね。

♪ありのままで~ じゃないけど、シンプルに自分らしく生きていきたいと誰でも願う。そう願っていても外に出れば外部から、家に籠っても内なる心の底から悩みの種はいくらでも出現する。僕らはそれらを抱え込む。

身に纏うものでちょっとニュートラルになりたい。うじゃっとしたカオスを整理して。

スーツやYシャツのカッチリ感は少しパスしてボーダーTシャツの柔らかな素材に包まれたい。柔らかな自分でありたい。内にも外にも。

そんな感じでしょうか。ボーダーを着るのって自己療養的?(笑) 意外に奥深いかも(笑) いや、そもそもボーダーってボートネックがあり丸首・U首があり、長袖、半袖、七分袖があり、色合い、ピッチの太さ・細さでもガラリと印象が違うし、インナーとして着るか一枚でゆったりと着るかでもサイズ選びは違ってくるしで、もともと結構奥深いファッションなのです。



(↑)吉川トリコさんの小説「オリーブ」にも、着ている人はこだわっているけど興味のない人からみると単なるシマシマの服、みたいな表現があって面白かったですね(この表紙絵のオザケン似の男が着ているのはオーシバルでしょうか、セントジェームスでしょうか)
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それはチョコ(それはちょっと)

チョコの食べ過ぎで具合が悪くなってしまいました。





しばらくブログの更新をお休みいたします。

ハナレグミ 「ラブリー」

曽我部さんの「ウキウキ通り」のカバーで思い出しましたが、今年は他にもいいオザケン・カバー曲がありました。ハナレグミのカバー・アルバム『だれそかれそ』収録の「ラブリー」のカバー。




個人的には一番好きなオザケン・カバー曲かなぁ。

ハナレグミ・永積タカシ氏とゲスト・ボーカルの原田郁子さんのデュエットなんですけど、それがとっても良くて。男女デュエットにしたことで歌詞の

君と僕とは 恋におちなくちゃ

とか

君と僕とはドキドキしてるよ

あたりの男女の出会いの堪らないウキウキ感・ワクワク感をうまく表現できていて、さらにR&Bタッチの粗野でシンプルなサウンドは“音”で生物としての(オスとメスの)プリミティヴな衝動を表現しているようで。

歌詞の内容、ヴォーカル、サウンド、全てが一つに結びついている、という感じ。素晴らしい!

このカバー・アルバム『だれそかれそ』が出る直前に倖田來未さんによる「ラブリー」も発表されていたのですが、作る人が違うとこうも出来が違うものかと関心したものです(笑)

「汚染水」「痛快ウキウキ通り」

いや~、クールですね、「汚染水」。



勝手にフォーキーな楽曲を想像してました。

クラブなんかでかけても心地よく踊れそうです。きっと日常的に“使われる”ことを目論んでいるんじゃないかな。

オザケンのカバー曲「痛快ウキウキ通り」の方は、うーん、「あまり好きじゃない」という意見をネットで見ましたが、僕はいいと思った。あと、渋谷系とサニー・デイの微妙な位置と距離感を感じたかな。



近い仲間内とか同世代の渋谷系とか、逆にもっと下の世代の純粋なフォロワーではもう少し“ラヴ”のほうが強く出るでしょ(笑) いや、もちろん曽我部さんもオザケン絶対に好きでしょうけど(笑)

「汚染水」と「ウキウキ通り」の組み合わせも凄くセンスいい。

慈悲と寛容のクリスマス・シーズンだからって許せないものがあると。

225トン汚染水漏れか

たまたま今日(25日)の朝日新聞朝刊に載っていたニュース。

済まない気持ちはサルにもあるとか言うけれど

「ウキウキ通り」にそんなフレーズがあるが、東電にどこまでそういう気持ちがあるのか?

小沢健二と森永ダース

今年も残すところあと半月ほどになりました。皆様にとって2013年はどのような年だったでしょうか?

今年はオザケンの『犬キャラ』でのソロ・デビューから20周年目でしたが、彼がCMを務めた「森永ダース」も発売開始から20年だったそうです。



日本中に強オザケン・ファンは多くいるでしょうが、たかがブログのネタのために10日間で40枚も買って食べる人はいるでしょうか?私くらいでしょう。“燃費が悪い”小沢くんならいくら食べても問題ないでしょうが、当然、私は肥ってしまいました(笑)

 

11月には20周年を記念して“飲むダース”も発売されましたね。

『犬キャラ』の20周年記念盤みたいなものが出ないのとは大きな違いです(笑)

小沢健二&小泉今日子「ラブリー」

この間の「FNS 名曲の祭典」、やっぱり小沢健二と小泉今日子の「ラブリー」のデュエットが一番よかったですね。



(↓)二人を見つめる中森明菜の優しい笑顔がステキ。きょんきょんと明菜は同じ“花の82年組”ですね。



(↑)隣にいる内田有紀、鈴木蘭々も楽しそうに画面を見つめて踊っているが…

今気付いたが、後列にいるtrfのYUKIの視線が怖すぎる!ひぇ~!

当時の「夜ヒット」の収録スタジオを包んでいたであろう“ラブリー”な多幸感は彼女の視線にはまるで感じない。

小沢くん、君は罪作りな男だな…。

ゾノとオザケン

オレも同じ1973年生まれだしさ、わかるよ、ゾノ。

俺たちの世代のイラつき、怒り。ストレス溜まるよね。



たまには発散もいいよ。でも、他人に迷惑かけるのはな~。

まさか飲みすぎでビール腹のメタボ体型になってるんじゃないだろうな?

マラドーナに憧れて、模して身に付けたあのキレキレのドリブル、本当に凄かったけど、引退後まで奴の真似するんじゃねぇ。

オザケンに

“生きる芸術品、動く彫刻”  

って言われたお前、オレは結構妬いているんだから。


オザケン テレビ出演

Mステの特番でオザケンの過去映像が全くスルーされたことに少し腹を立てていたが、10月6日に放送されたCDTVの20周年特番では「痛快ウキウキ通り」のライヴ映像が流れました。





スマホでテレビ画面を撮ったのですが何度やっても明らかにピンボケ気味。

だけど彼の場合、眩いオーラが出ているように見えてしまう。

うん、やっぱり天使だ。

小沢健二『犬は吠えるがキャラバンは進む』発売20周年

一昨日の金曜日の夜、Mステの3時間特番で“もう1度見たいMステライブ映像グランプリ”なるものが放送されていたので見た。

この番組には90年代に小沢健二も何度も出演していて結構名場面もあったと思うが一切カット…。

まぁ、いい。今ではネットで過去のテレビ出演はかなり見れる。

今日9月29日は1993年の『犬は吠えるがキャラバンは進む』の発売から20周年。



達郎さんや大滝師匠のように“~周年記念盤”みたいな形でボートラを加えたり最新リマスターをかけたりして再発しようとする気持ちは彼には無いみたいですね(笑)

でも過去の盤の再発もテレビ出演も一切無しでは新しいファンはなかなか開拓されないよな(笑)

小沢健二が出てくる小説③ 樋口毅宏「雑司ヶ谷R.I.P.」

小沢健二とは何か。それは、圧倒的なまでの暴力です。 ~樋口毅宏 「雑司ヶ谷R.I.P.」より



個人的に好きな映画の1位と2位は「アメリカン・グラフィティ」と「バック・トゥ・ザ・フューチャー」なんですが(ちなみに3位は「恋のゆくえ~ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」)、「アメグラ2」とか「BTTF2」が好きか?と訊かれると全くのノー。「アメグラ2」なんか明らかに失敗作だし、美しく完結したはずのあの「アメグラ」の世界を穢してますよね。私は基本的に「続編に名作はない」というスタンスです。

ただ、この小説に関しては違いました。「さらば雑司ヶ谷」の続編「雑司ヶ谷R.I.P.」。



“小沢健二が出てくる小説①「さらば雑司ヶ谷」”の感想で

本当に面白い小説だと思うのですが、結構どきつい表現に溢れているから誰にでもお勧めできる小説、というわけではありません 

なんて勝手に書かせていただきましたが、「雑司ヶ谷R.I.P.」はさらにどきつさを増して(笑)、穢れなき婦女子の皆様にはマジでお勧めしにくい(笑) 

ちょっと荒唐無稽というかハチャメチャ過ぎるというか、それでも読者を呆れさせず文庫本で500ページも読ませるのは、綿密に調べ上げられて小説中に取り込まれた日本の戦前から現代に至るまでの政治/宗教/文化の細部のリアリティさからだと思います。

構成が章ごとに過去と現代に分かれて進むスタイルで、そこら辺は村上春樹の小説っぽい感じもする。

村上春樹といえば、デビュー作「風の歌を聴け」でビーチ・ボーイズを登場させました。後に“ビーチ・ボーイズへの応援のつもりで書いた”とインタビューで答えていたと記憶していますが、樋口氏はデビュー作「さらば 雑司ヶ谷」でタモリと小沢健二を登場させた。人は最初の小説を書こうとする時、自分が大切に思っているもの、信じているもの、美しいと思っているものを書きたい、登場させたい、そして世間に愛を表明したいと思うものなのでしょうね。

「さらば雑司ヶ谷」では“人類史上最高の音楽家は小沢健二である”と登場人物の口を借りて世間に言わしめた樋口氏ですが、この「雑司ヶ谷R.I.P.」では、「痛快ウキウキ通り」の頃のオザケンについて鋭いプロファイリングをされています。本当に“面白いから許す”という内容です(笑)

小沢健二のモノローグ“ニューヨーク大停電”から10年

今年の8月14日はニューヨーク大停電からちょうど10年目でしたね。

「2003年北アメリカ大停電」 → wikipedia



小沢健二の「ひふみよ」コンサートに行かれた方は憶えていると思いますが、あのコンサートではステージ照明も場内灯も非常灯も全て消された真っ暗闇の中でスタートしました。

あれはニューヨーク大停電の状況の再現だったわけですけど、その暗闇の中、姿が見えないオザケンが話し出したモノローグは今でも強く心に残っています。
 
2003年、夏の日の夕方、ニューヨークで大停電が起る。

エレベーターに閉じ込められた人たちが助け出される。地下鉄が止まる。

道路では信号が消えてしまって、車が立ち往生している。家に帰れなくなった人たちが街中に溢れる。

みんなが一斉に電話を掛けるから、携帯電話のネットワークが落ちてしまった。

パニックが起こるかと思ったら、そんなことはなかった。

街の人たちは路上で休んでいる人たちをアパートに向い入れる。

みんなが自分と感じが合いそうな人がいないか探り合っている。

困っている人がいないか注意している。みんなが頑張ろうとしていた。

いつも小銭をねだってくるホームレスのオッサンが大活躍している。

「あのビルの間は休みやすいよ。水が飲めるし、ビルが自家発電だし」とか、ホームレスのオッサンは近所の事情にやたら詳しい。

テレビ局は大電力が必要なので機能しなくなってしまった。

けれど、ラジオは放送を続けた。小さなラジオ局がホームレスのオッサンのように活躍していた。

停電はニューヨークだけでなく、アメリカ北部とカナダまでを覆っているらしかった。

そして、復旧の見込みは今夜一晩なかった。


暑い夏の夜が始まる。

生鮮食品を売る店は、どうせ腐ってしまうのだからと肉や野菜をタダで配り始めた。

どこの家でもロウソクの明かりの下、大勢のための料理が始まった。

電池で動くラジオやCDプレーヤーから音楽が流れ続ける。

暗闇の中で音楽は甘く、いつもよりくっきりと聴こえる。

歌の歌詞は、雪の上の動物の足跡のようにはっきりと見える。

言葉だけでなくて、音楽がはっきりと聴こえる。演奏している人、歌詞を書いた人の気持ちがドッキリするくらい近くに感じられる。

そして、同じ暗闇の中に同じ音楽を聴いている同じ気持ちの人がいることを感じる。

昔の人は、門構えに音と書いて闇を表した。

人が住んでいない砂漠にあるような闇が大都会の上を覆う。その闇の中で音が響き、街中の路上でパーティーが始まった。

いつも同じ感じで進んでいく世の中の中で、ある全然違う世の中が見える。

一瞬だけぜんぜん違う僕らのあり方が見える。

明日は電気が復旧して、また元の生活が帰ってくる。

けれど、今夜だけは僕らはぜんぜん違う世界で時を過ごす。

そして、元の生活に戻っても、世の中の裂け目で一瞬だけ見たもの、聴いたものは消えない。

真っ暗闇の中で音楽を聴いていた日のことは絶対に忘れない。

その記憶は消えることが無い。


オザケンは大停電の夜に垣間見たもの…“人と音楽の可能性”を信じているんだと思う。そして僕らも、あの真っ暗闇の中で「ビバップ」を歌ったことを忘れることはない。何かあの日から、僕は「ひふみよ」という国の中の住人になってしまった、そんな気がしています。

あなたの好きな小沢健二のモノローグは?

参院選の“投票”で思い出しましたが、以前、FC2ブログの投票機能で“あなたの好きな小沢健二のモノローグは?”と題して票を募ったことがあるのですが、ちゃんとカウントされていなかったので残念ながら強制終了させてしまいました。

またやってみたいなぁと思うのですが、もしまた同じアクシデントが起こるとかっこ悪いし、せっかく投票してくれた人がいたらご迷惑になるので今回はコメント欄で票を募集します。奮ってご応募下さい(笑)

まぁ、モノローグは演奏前の導入として詠まれるものなので、後に続く楽曲と一緒に意識する必要があります。今回はモノローグ後に演奏された楽曲名も書いておきました。

あ、モノローグのタイトルは私が便宜上勝手に付けたものもあります。ご了承下さい。

ちなみに僕の好きなモノローグは…最初に聴いたときに涙がポロポロと溢れたのは“「ひふみよ」という数え方”と“Believe”。この2つは何度聴いても素晴らしいと思います。でも意外に好きなのは“人の体、街の体”。輪廻落ちには笑いました(笑)

それではぜひあなたの好きなモノローグを教えてください!



コンサート「ひふみよ」

★①ニューヨーク大停電(→「流星ビバップ」)
2003年、夏の日の夕方、ニューヨークで大停電が起こる。エレベーターに閉じ込められた人が助け出される・・・

★②「ひふみよ」という数え方(→「天使たちのシーン」)
長くあちこちを旅していると、自分が生まれた場所の見慣れた風景でも違う目で見るようになる・・・

★③移動手段・街の大衆音楽(→「カローラⅡにのって」)
ニューヨークの友人で大金持ちの人がいる。その彼は、スニーカーなんか2回履いたら捨てるものだ、という・・・

★④自転車(→「夢が夢なら」)
普段、日本の情報から遮断されていると、時々日本に来たとき変化に気が付く。言葉が変わっていく。みんなの行動が変わっていく。一方で全然変わらないものもたくさんある・・・

★⑤笑い(→「シッカショ節」)
日本の友人が、日本のお笑いは外人さんにはわからないだろうね、微妙だから。という。僕は、いや、笑いって何処でもそうなんじゃないの?と答える・・・


コンサート「東京の街が奏でる」

★⑥休業宣言
え、あの作家が休業宣言?とかいう話になったりする。心身をリフレッシュするために1年間の休業を宣言したとか・・・

★⑦メトロノーム(→「東京の街が奏でる」)
ガリレオ・ガリレイという人は、この世で物がどう動くかということに興味を持った。その興味の中に振り子があった・・・

★⑧文章の長さ(→「あらし」)
今は短い文章の時代。文章は短く簡潔にわかりやすく。メールもツイッターもニュースの見出しも短い・・・

★⑨小走りとは何か(→「あらし」)
言葉とは音や文字だけではない。体の言葉、というのもある。ボディ・ランゲージ。体の言葉。ネパールに2ヶ月くらい住んでいたことがある・・・

★⑩Believe(→「天使たちのシーン」)
アメリカでスポーツの試合を観に行くと、必ず“Believe”と書いた幕やプラカードを見かける。Tシャツの胸に書いてある。フェイス・ペインティングで顔に書いてある・・・

★⑪大人の世界(→「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー」)
子供の頃、うちでインコを飼っていた。インコはダルマインコという派手な色のでっかいインコで言葉を喋った・・・

★⑫人の体、街の体(→「暗闇から手を伸ばせ」)
僕はインド映画が好きなのだが、インド映画は日本語版があまり無いらしく、友達に言っても話が通じにくい・・・

曲名などに間違いがございましたらこそっと教えてください

小沢健二“文章の長さ”

7月21日はオザケンの「天気読み」でのソロ・デビュー20周年の日でしたね。



普段はトイレの中に飾ってあるポスターを部屋に移動させて写真を撮りました。

細いカラダ…。体重50キロ台でしょうね。僕は過食を戒めるためにいつもトイレでこのポスターを眺めてるんです。アリス・クーパーのラグランTシャツは同じものを探し続けてるんですけどなかなか見つかりません…。

それにしても、20年て凄いですね。

その時に生まれた赤ん坊がハタチ。選挙に行けるんです。

実際に今回の参院選に初めての投票に行ったハタチの方もいるでしょうね。自分の意見・気持ちを誰かに託して一票を投じる…緊張と興奮が交じり合った特別な経験だったでしょう。

私は投票に行きませんでした(オイオイ)

あ、投票といえば、「東京の街が奏でる」のコンサートのモノローグ“文章の長さ”の中にこんな一節がありました。

投票は大切なことです。大人の責任です。よい社会を作るために投票をしましょう。

投票すると敵・味方ができてしまう。よい社会を作るためになるべく投票をしないことが大切です。


自分が投票に行かなかった理由としてオザケンのモノローグの一部を利用するのは卑怯だと思うし、そんなつもりもありません。

ただ、

投票に行かなければ何も変わらないよ

というような意見や風潮は全くウソだと思っていて。選挙に熱くなった“小泉旋風”や“民主旋風”の結果が今なんですから。

むしろ、みんなが「オレ、や~めた」って言って投票なんかに行かず、投票率10パーセント以下になったらどうなるんだろう?10パーセント以下じゃ“国民の審判を仰いだ”なんて詭弁は通用しなくなる。そんな選挙でも当選する議員は出るでしょうが、支持母体ははっきり一目瞭然。雪の上の動物の足あとのように。国民の代表とはとても言えなくなるでしょう。

そんな状況になったら…政治をもう一度こっちに取り戻すチャンスがやって来るかも。

そして、誰かに任せる、誰かがやってくれる、という僕たちのスタンスや考えも改善されるかも(笑)

オザケン、海へ行く

やっぱり梅雨が明けるとがらりと気候が変わるもんなんですね。

暑いです

海へ行きたい!

…ところで、この間ふと思ったのですが、フリッパーズ・ギターのメンバーとして『海へ行くつもりじゃなかった』のタイトルでデビューしたオザケンが、

ソロ第一作『犬は吠えるがキャラバンは進む』の発売前のプロモーションのために

材木座海岸へ行き、



セカンド・アルバム『ライフ』では販促用にビーチ・バッグを作り、


ある方からの頂き物。大切にしますね!

サード・アルバム『球体の奏でる音楽』ではジャケ写で波と戯れてるという。



なんだ、“海へ行くつもりじゃなかった”と言いつつ、オザケン、やっぱり海へ行きたかったのね~

というか、

あんたシニカル過ぎるわ(笑)

いや、でも「東京の街が奏でる」のコンサート開幕を告げたこちらの写真、



この時に海に向ってる理由はわかってるつもり。

静かな波の音や(写真には写ってないけど)空を舞う鳥の鳴き声も聴こえてきそう。

奥様が撮られた写真だと思うのですが、本当に才能のある方なんだなぁと思います。

小沢健二が出てくる小説② 吉川トリコ「オリーブ Girls & Boys」

小沢健二が出てくる小説②は吉川トリコ「オリーブ Girls & Boys」。



“オリーブ”とはもちろん、今はなき、あの雑誌の「Olive」のことです。

フリッパーズ・ギター、ピチカート・ファイヴ、小沢健二、コーネリアス、カヒミ・カリィ、オリジナル・ラヴ、ブリッジ、カジヒデキ…今聴いたってキラキラ輝いてる。 90年代、「渋谷系」といわれた音楽を支えた熱心なリスナーは「Olive」の読者の可愛らしい女の子の皆さんか、僕のような軟派な洋楽ロック・ファンくずれの男(笑)に二分できたのではないでしょうか。

当時、レコードで廃盤になっていたタイトルがCD化で怒涛のように再発されていったこととか、世界一の質と量といわれた渋谷の中古レコード店の集積具合、団塊ジュニアを中心とした世代の旺盛な購買意識とか、渋谷という街が持っていた底知れないパワーだとか、「渋谷系」の背景には色々あるんだろうと思う。

まぁ、僕としてはゲンズブールやジェーン・バーキンやフランス・ギャルなんかを聴いたりしていた頃も、別に小西さんやカヒミに影響を受けたなんていう意識はなかったけど、そういうものがCD・レコード屋さんでサクっと買えたという時点でもう「渋谷系」の影響下だったんでしょうね。

残念ながら、90年代当時、僕は雑誌「Olive」を読む機会はなくて、特にファッションについては全く無知(笑) この小説「オリーブ Girls & Boys」では章ごとに登場したブランドやアイテムについての簡単な脚注が付いているのでとても勉強になりました(笑) できれば、もっと詳しく、たとえば田中康夫の「なんとなく、クリスタル」みたいに脚注だらけして改訂版を出して欲しいくらい(笑)

ただ、作者の吉川トリコさんは愛知の出身らしく、渋谷系文化よりも名古屋文化についてのほうが生き生きと瑞々しく書かれていました。コーヒー一杯の値段でトーストにゆで卵にサラダなども付いてくる喫茶店のモーニング、いいですね(笑)
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